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会長の目


第10回豪NZ親善交流旅行と大震災その5山岳高原鉄道アルプス越えと大地震

  

うとうとと眠りにはいろうとしていた真夜中の零時半過ぎ、誰かがドアをノック、
次々
に仲間が私たちの部屋にやってきた。競うように、口々に日本からの国際携帯電話について告げる。
東北日本の大地震、津波そして福島原発爆発のニュース。私は外国では、
携帯を持たない主義。
大震災のニュースの中に、家族を案じる電話が当然あった。

「日本へ帰ることができなくなるかもしれない」。「明日、帰国するように」。
あるいは「
だから言ったじゃないか、今回の旅行について行ってはいけないと」など、など。
深夜
の深刻かつ真剣な会議が静かに続いた。全員一致の結論は「旅行続行」。その理由は、
第一に、仲間には、直接、東北に関係する人はいない。
第二に、余震が続いても、本震より強い地震は起きない。
第三に、私たちが明日、帰国しても、何もできない。

第四に、私たちのニュージーランド旅行自体に、問題はない。
第五に、国際航空に、問題はなく、旅行終了後、三重に帰ることができる。
第六に、このまま旅行を続けることが、ニュージーランドの望むことであり、それが彼らの実益になる。
第七に、元気に、土産話をもって帰えることが、結局、家族の喜びになるだろう。 

晴天の翌朝、クライストチャーチのリカトン・モーテルの支払いを済ませ、あらためて、
3月20日の宿泊予約をした。帰国のときも、再びクライストチャーチ国際空港を利用する。
余震が続いていたので、様子を見ていたのだが、みんなの意見は「同じモーテルが
いい」
ということになり、再度、リカトン・モーテルにお世話になることにした。

あいそのいいモーテルの主人・ジョージの見送りを受けて、シャトル・バスで鉄道の
ライストチャーチ駅に行った。 トランズアルパイン号に乗るためである。
南アルプス
を越え、西海岸の町グレイマウスに下る、山岳観光列車の旅である。今回の旅行の目玉の一つ。

日本で、予約を取った。ところが、クライストチャーチ地震発生により、列車運行が休止になってしまった。
その上、この列車の通過する地下に、新しい活断層が見つかったとい
う報道もあり、大変心配した。
鉄道会社と連絡を取ったり、先に紹介した政府観光局の
URLで運行を確かめたりした。
幸い、私たちが日本を発つ日以前に、‘運転再開’となった。


私たちグループは、平均60歳以上の高齢者集団。しかも、白杖をもつ視覚障害者が三人いた。
列車の入り口がホームよりかなり高いときている。駅員さんが、簡易スロープ

わざわざ入り口につけてくれた。ありがたいことである。列車は、予鈴(ヨレイ)も、
予告もなく、
時刻とおりグレイマウスに向かって静かに
8時15分、動き出した。
約4
時間半で終着駅グレイマウスに着くことになっている。南アルプスを越え、南島を横断する。

私たちの車両は、ほぼ満席であった。ガラス窓を横にして、二人用座席が、テーブルをはさんで、
向かい合うように設置されている。窓は広く、また、外からは、車内が見え
ないらしい。
工夫が窓ガラスにしてあるようだ。ニュージーランドの人は一般的に大柄
である。
だから、われわれはゆったりと座ることができた。


この鉄路の開業は、1923年鉱物を運ぶために造られたものであった。
アーサーズパス
(峠)を越えるなどの工事は、険しい山岳の地勢に阻まれ難行に難行を極めたという。
業にいたるまで、15年の歳月を重ねた。地元の人々の足でもあったこの鉄道は、道路が整備され、
モータリゼーションの波とともに、その役目を大きく変えた。今は、主として、
サザンアルプスの
雄大な景色の中を走る列車として世界から観光客を集めている。


列車は、クライストチャー市街を早々に抜けた。山岳を登って行く。空は青。
山並みを
背に、広々とした牧場。最近は羊より牛が多い。豊穣な山林。深い渓谷の流れも緑色。
遠くに湖が浮かんで消える。車内放送が「山に雪が光っています。見えますか」と案内。
「どこ?どこ」?」、「ほら、あそこ」とにぎやか。

グレイマウスまでに、いくつかの駅に停車した。スプリングフィールドとアーサーズパスには、
長く停車する。人の乗り降りがあり、景色を見、写真撮影などのためである。

特に、1929年の開設になるアーサーズパス国立公園への鉄道玄関駅であるアーサーズ・パス駅には、
10分ほど停車した。ちょっとした町があり、郵便物や荷物などをおろす。
登山服姿の乗降客も目立つ。ここは、標高約920メートル。クライストチャー
チから、
100キロメートルほど。アーサーズ・パス駅からは、トンネルが続き、
険しい
山岳鉄路を西海岸のグレイマウスへと下る。トンネルに入ると、ディーゼル機関車が出す
特有のニオイが鼻を突く。子供時代に乗った蒸気機関車がトンネルに入ったときの、
石炭
が燃える臭いやその燃えカスが目に入ったときの痛さを思い出した。

僕がトランズアルパイン号で最も印象的だったのは、列車最前部からの展望であった。
この空間には、窓ガラスはない。車両の周囲に、僕の胸ぐらいの高さの鉄柵があるだけである。
椅子もテーブルもない。晴天の初秋。鬱蒼たる山林、深い渓谷、丘の遠方に広
がる牧場。
列車は、風をきって、ディーゼル機関車のエンジン音とレール音をとどろか
せて走る。
僕は、吹き飛ばされないように、鉄柵をしっかり握り閉めながら、録音テー
プを回し続けた。
後で聞いてみると、列車が風をきって走る轟音とディーゼル機関車
の強烈な音が、聞こえるだけであった。
会話は、ほとんど聞きとれない。にもかかわらず
、日本では決して体験できないであろう、
この展望車で受けたすがすがしさ、清涼感を、
僕は、決して忘れることはないだろう。

列車は、グレイマウス駅に正午1245分に到着した。グレイマウスは、南島の西海岸最大の都市である。
グレー川がタスマン海(
Tasman Sea;俗称 The Ditch)に注ぐ。
タスマン海は、南西太平洋の一部で、ニュージーランドとオーストラリアの南東、
タス
マニア島(州)の間にある海域である。ニュージーランドとタスマニアの距離は、約2千キロメートル。
タスマニアに私たちは住んでいたことがあり、なつかしく思い出した。
なみに、タスマニア州都・ホバートの南緯は、42度52分50秒、東経は17度19分30秒である。
緯度は、ニュウージーランド南島とほぼ同じ位置にある。


駅内のハーツ・グレイマウス営業所でレンタカー手続きを行った。
レンタカーは、日本
のハーツ営業所で予約してきた。ハーツのアドバイスによって、
ワゴン・タイプの8人乗
りと5人乗り乗用車の2台を借りた。メンバーは10名であったが、
荷物も結構あり、な
によりも‘ゆとり’のドライブの旅をエンジョイするために、
このような体制にした。そ
して、乗用車が、8人乗りを先導することにした。

国際免許証は、10名のメンバーのうち、5名が日本で取得してきた。ニュージーランドは、
イギリス方式で、日本と同様、「人は右、車は左」である。都市部以外は、人が少
なく、
道路も立派で、かつ、運転マナーもよい。すこぶる運転しやすい国である。


私たちの三重豪NZ協会は、毎年、オーストラリアか、ニュージーランドで、親善交流旅行を実施している。
今回で10回目である。いつも、レンタカーを利用しているが、
トラブルは一度もない。
運転手や助手役になった者はもとより、他のメンバーも、お互
いに‘安全運転’の声をかけあって、
事故のないようにつとめていること、言うまでも
ありません。
(この続きは、すでに協会会報第24号で報告してあります。
興味のある方は
、協会ホームページでご覧ください。「日豪協会」のリンクでもご覧いただけます)。




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