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JRPS三重オーストラリア旅行後援報告(その5)



当協会は本年2010年6月、標記旅行を後援、支援し、その企画、同行を行いました。以下、JRPS三重の参加者の方からお寄せいただいた感想文等を順次、掲載いたします。なお、JRPS三重は、日本網膜色素変性症協会三重支部を略したものです。

                       「初めての海外旅行〜 オーストラリアの旅」

                                                     榊原美佐子



私たち夫婦は初めての海外旅行で、心配で不安でした。宮本先生御夫妻の綿密な計画、冨田先生などオーストラリア・ニュージーランド協会の方々にもお世話になりました。松阪での説明会で、行動は、原則は、部屋単位と聞かされ不安も解消された。安全 安心 安価の旅に皆さんとご一緒に同行させて頂ける事に、喜び感謝の気持ちで旅立ちました。

国内旅行で飛行機の旅は何度かしたけれど、今回は海外なので、検閲が非常に厳しく、韓国の空港では、身体全体、上から下へと検査され不快な気持ちでした。洋服の下に何か隠し持ってはいないかと疑われたようですが、純粋の皮下脂肪なのにと言いたかったです。

シドニーまでの空の旅も時間は長かったけれど、機内食何度出されても、美味しく頂きました。

旅行前に私たち視覚障害者のガイドヘルパーさんの娘さんが、白血病で、高熱と戦っていることを聞かされ、仲間で千羽鶴を折って一日も早く快復をと、念じて飛行機の中でも、無心で折り、退屈する事無く、シドニー空港に着いた。藤原先生が、私たちを空港で迎えてくださった。健康状態も万全でないのに案内を引き受けお世話頂き、感謝でした。 

キャンベラへのバスでの移動。車窓からの景色は、季節は晩秋だったので、緑の牧草地、ユーカリの木、山は無く、小高い丘のような岩山、小さな小屋があるが、人の姿は見えない。日本ではありえ無いことである。坂も無く直線の路を3時間乗っても景色は変わらない。わずかの羊と牛を見かけたようだ。

いよいよキャンベラで観光。国立美術館では20点ほどの品を手で触れさせて頂き、体感出来、珍しい物に感動しました。植物園では、日本で、見かけた事のない、植物であるユーカリの木も何種類も有るとの事に、又感激でした。昼食は庭園内のカフェテラスで頂き美味しかったです。ナショナルミュージアムは、外観も大きく変わった建物のようだけど、私には想像も出来なかった。けれど中では、色んな物の説明を聞くことができた。手でさわらせていただきオーストラリアだけにいる(かものはし)の縫いぐるみを買ってきました。珍しい物ばかりと感動するばかりでした。

16日夜は現地の方との交流会。はじまるまでの2時間は、私にとって69年間で最も寂しい不安の悲しい時間。部屋にも入れず、ホテルの中を仲間の方はいないかと狼狽えていた。辛い長い時間に思われた。宮本先生の奥様のお陰で部屋にも入る事が出来た。この間、数人の方々から優しい心遣い有る温かい言葉を掛けて頂き嬉しかったです。 

交流会は、河原会長の英語での挨拶素晴らしく上手に話されたが、私には何を話されているのか判らなかった。交流会は、和やかに過ぎた。日本を代表する歌(富士山)、(故郷)、(幸せなら手を叩こう)を歌った。私たちのテーブルには、現地で教師をしていた日本女性80歳の方とご一緒。お孫さんが、私たちと同じ、網膜色素変性で現在東京の大学に留学しているとのお話しでした。

朝目覚めたら雨の音、雨具を準備してお出かけ。カウラへ。市立展示館や旧軍隊の収容所、かれらの墓地にバスで移動。いつのまにか、雨もやんで雨具も必要なしで良かった。展示には、捕虜されていた兵士の様子が見られた。日本の兵士は暗い様子の写真なのに、イタリア人は、対象的にサッカーを楽しんでいる様子が写されていると説明だった

オーストラリアの捕虜になった兵士は、国のために戦った英雄とし手厚く取り扱って頂けたのに、日本の兵士は戦地に出る前に、悪い軍事教育をしっかりとたたき込まれていたので、国のためにと戦死した方がよいと殺されるのを覚悟で、昭和19年8月5日に脱走を企てた。戦死者として名前を残すために500人余りの兵士が死んだ。オーストラリアの人たちは、日本兵士の心が理解できず、殺害しなければならなかったことに、心を痛めて日本兵の墓地を造って葬ってくれた。今でも8月5日には合同慰霊祭をして下さっているとの温かい心にふれました。墓地は、小高い丘の上にあり、周囲には桜の木。近くには、広い日本庭園が有りました。墓地で(富士山)の歌を歌っている時に、沖縄で戦死した、父の事が悲劇のように思いが、重なってきて、涙が止めど無く流れ出て歌にならなかった。

キャンベラからシドニーへバスで移動。又何時間もかかっての移動で、行き先は、ブルーマウンテンズへの坂道でバスはつらそうだった。ブルーマウンテンズの展望台に着いて、声にもならない驚き、素晴らしい。

主人によると、青い海かと疑われるほどのユウカリの樹海。樹液が、霧のようにただよっていたようだ。大きな岩が3つ並んで3姉妹と説明をして頂いていたが、売店の品が気になって、仕方がなかった。ゆっくりとする時間が欲しかった。

その夜は、仲間の磯部さんが78歳を元気で迎えられたので、誕生パーティーで楽しく盛り上がった。私も元気でいて磯部さんを目標としたいと思った。

世界遺産の、オペラハウスの見学。大きな建物で、屋根が変わって、幾つもの貝を伏せたように見えると言っていた。ハーバーブリッジの大きな高い橋の姿を説明を聞いて想像で理解し、楽しみました。シドニー湾の定期船のクルージング。船上の風が気持ち良かったが、海の匂いは無かった。モノレールに乗りホテルに帰る時、仲間と又離れたので、不安になったが、仲間のそばに行き無事にホテルに着いた。

いよいよオーストラリア旅行の最終日。朝5時に出発。もう少しいたい気持ちだった。色々な驚きの体験。思い出多い旅。手で触れさせて頂き、珍しい物と感動。心眼に写ったオーストラリアは、素晴らしい空気、ゆったりとした人の動き、私は大好きだ!近い所ならば何度でも訪れたいと思った。

オーストラリアを十二分に視覚障害者に理解できる心配り、お世話頂いた方々ありがたく感謝一杯でした。

シドニー空港まで私たちと共に行動して、お世話頂いた藤原先生優しい言葉使いに、旅の疲れも心和ませて頂きました。本当にありがとう御座いました。後になりましたが、宮本ご夫妻様・冨田先生・藤原先生・河原会長・小川正次さんにお世話いただいて無事に帰宅出来 満足して、安心・安全・安価の旅が出来た事を感謝しています。以上


 
 
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